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死者を冒涜する事への嫌悪。

今思えばそれに尽きるのか。



だから。
死人を料理するという彼等を嫌悪する。
意思の無いアンデッドが好きになれない。
ネクロマンサーを好きになれない。
戦うことに意味を求める。
戦う相手を知ろうと思う。


そして。

代わりになる者がいない事と、死んではいけない事は、全くの別問題だと思う。

掛け替えが無いというのなら、その別れにもそれだけの価値があると思う。

別れは別れと受け止めるべきで。辛いからと言って誤魔化すのは酷く寂しいと感じる。「さよなら」と「また」では大違いだ。

出会いの数だけ別れがあるが。誰かとの別れを他の者との出会いで置き換えよう等と言う意味で言ってるなら、その考え方は腐っていると思う。


なぜなら。

自分の死に価値があって欲しいから。
自分に価値があってほしいから。

そんなわがまま。


・・・だからこその。

アニマとのあの約束。
ゼアミへのあの時の願い。
夜食みのあの時の言葉の重み。

それらに救われたのだと思う。
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コメント
この記事へのコメント
言葉
「物を食べる時、自然の恵みに感謝をしなさい。それは貴方の血となり、肉となるのですから。」
そう、母は言いました。
「価値ある敵を殺した後、彼と出会えた運命に感謝をしなさい。彼の死はお前の魂の肉となり、技に血を通わせるのだから。」
そう、父は言いました。
どうなんでしょうね。
結局、価値は人によってそれぞれ違うのでしょう。
貴方は私の中では価値ある人です。
特に意味のある言葉ではありませんけども(笑)
2005/09/25(Sun) 20:31 | URL  | ウェーラ #lMBqkpAs[ 編集]
人それぞれだな
でもありがとう。

ありがとう。
2005/09/26(Mon) 20:44 | URL  | ラムタム #LmMdU2V.[ 編集]
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