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認識というものにはそれだけで意味がある。
そこに至る経路は様々ゆえここでは省くが、つまり彼等の見地の大本はここにある。

認識される事には意味があり、ゆえに信じる事は力になる。

大勢の者が信じているからこそ、ちっぽけな金属片が分不相応な価値を持つ。
組み合わせた音が言葉となる。
線の重なりが文字となる。
ただの土地が国となる。

ここまで挙げれば分かるだろう、便宜上力と呼んだが、腕力や魔力ではなくそれに枝分かれする前の段階だ。

人の世の全てはこの力で解釈する事が出来る。

人の世の全ては認識で成り立つ。


何の事は無い。全ての呪術の基礎である。

彼等一族は幼い頃から自然とそれを刷り込まれる。
おそらくそんなものであるという自覚は無いのだろうが。
発展させていけば原理上全ての魔法効果を実現できるという結論に至るのだが、同時にこれは人間一人の世界に対する小ささをきつく定義してしまう。

世界の理を曲げるというのだ。
例えば何も無い空間に焚き火程度の炎を起こす。
人間一人がそれをやるためには24時間という時間と綿密な下準備が必要、等という果てしない割の合わなさを強いる。

これは彼等の教育が力を利用するという観点に至っていない酷く未完成なものである事に起因する。
(これらを枝分かれしながらも深め、文化によって着色され、利用しやすく改良され、完成した先に陰陽術やら精霊魔法やらが当たると考えられる)


そして対価が半端では無いとはいえ全ての魔法をこの理屈で分解してしまう彼等は、人並みの魔力を抱えているにも関わらず、一般的に使いやすい形となった魔法さえも発動できない。できたところで威力は並を遥かに下回る形となる。

そんな彼等にも一つだけ魔法をかけられる対象が存在する。
自分ひとりでは世界すら歪められず他人も侵す事はできない。
だがそんな小さな人間、つまり自分自身に対してのみこの力を行使し得る。

結果として彼等の理屈は自分自身を意のままに動かす、ただそのためだけに存在していると言える。




長くなったが、これらはつまり彼を構成する要素のなかでも比較的大きなものである。
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